2003年11月25日公開
「塩の道」を歩き始めて以来、泊りがけで歩いてみようというアイデアはかねてから持っていた。なかなか機会を掴めずにいたのだが、この秋、体育の日の連休についに実行に移すことにした。残念ながら首謀者のタケヲとは日程が合わず、単独行となったが…
大阪を朝7時に発ち、今回のトレッキングのスタート地点である北小谷駅に着いたのが正午を少しまわった頃。糸魚川駅で買った海老釜飯弁当で手早く腹ごしらえを済ませ、午後1時頃出発。
濁沢に向かうらしい大型ダンプのほこりに耐えつつ急な坂道を30分ほど歩くと深原集落に着く(P.24-27)。
旧道沿いに深原集落を抜け、沢に架かる橋を渡ると阿原集落。棚田が美しい。残念ながらすでに稲刈りは終わっており、そこここに稲架木(はさぎ)が残るのみ。
家々は急な斜面に一戸々々積み重ねるように建てられている。
辺り一帯に漂う稲藁や籾を燃やす匂いは、この時期の山里の懐かしい風物である。
この次は新緑の頃、田植えが済んで一面に水を湛えた棚田の風景を眺めに来たいものだ。
棚田の外縁部に沿って旧道を上っていく。かなりの急坂だが、棚田が途切れる辺りで林道に合流し、林が切れる辺りからはほとんど平坦な砂利道になる。
あたりの木々にはまだ青葉が目立つものの、一度足元に目をやれば至るところに団栗が落ちていて、秋の風情を感じさせる。
白井沢に架かる橋を渡ったところで大休止。バックパックを下ろして清水で顔を拭う。沢の水は冷たく澄んでいて煮沸すれば十分飲用に耐えるように思われた。午後3時再出発。
白井沢から先は一転して急な上りになる。本日の夜営予定地の地蔵峠まではひたすら上り一辺倒(P.20-23)。しかし枠ころばし付近からは落ち葉が厚く積もり、歩き心地が格段に良くなった。時折、風に吹かれて木から落ちた団栗が落ち葉を砕く音が聞こえてくる。
陽が落ちるまでに峠に着いてテントを設営しなくては…と思うと勢い気持ちも急くのだが、都市の暮らしでなまらせきった肉体に飲用水5kgを含むバックパックを背負っての急坂上りは拷問に近い苦行だ。
木立ちが途切れて視界がひらけるたびに立ち止まってはシャッターを切る。
午後4時、地蔵峠着。初日の行程は予定通り終了。
昨夜は陽が落ちた頃から強風が吹き始め、夜半過ぎまで周辺の木々を大きく揺らした。風が木々を薙ぐ音以外には何も聞こえない夜は、都会の喧騒に慣れ切った自分には心底心細く感じられた。この前、こんな思いをしたのは一体いつだっただろう…そんなことを考えてしまうほど、ひどくひさしぶりの感覚だった。
朝食を済ますとテントを撤収し、峠の東端に位置する地蔵堂に挨拶してから10時半頃出発。
ほどなく大峠直行ルートと、跡杉山〜三坂峠〜大峠ルートとの分岐に着く。跡杉山ルートを選ぶ。所々足場が悪く難儀したが、分岐から約1時間、地蔵峠からは約1時間半で跡杉山(1285m)山頂に到着した。
ここからは360度の眺望が楽しめる。山頂周辺では木々もだいぶ色づいているが、全体としてはまだまだで夏の名残りさえ感じさせる。
跡杉山〜大峠間は大した距離ではなく、高低差もそれほど感じられない。地蔵峠から跡杉山ルートで大峠まで、途中大休止を挟んで約2時間の行程であった。
大峠以北は真名板山・跡杉山の北東側斜面を下る。ブナなど広葉樹が多いようだ。地形の所為か大峠以南に比べて湿気が多いように感じられる(P.21)。途中かなりの急坂もあるが全体としては歩きやすい。
大網と小谷温泉を結ぶ林道(舗装路)に合流するまで、途中大休止を挟んでの所要時間は約2時間といったところ。
林道を大網方面に歩いていくと、程なく横川集落・鳥越峠方面への分岐に至る。ここで本日の夜営予定地「横川集落跡」へのルートを採る。
横川に架かる橋を渡る。地図によればこの辺りに集落跡があるはずなのだが、比較的新しい空き家が一軒ある以外に集落の痕跡はほとんど認められない。
民家や田畑があったであろう比較的日当たりがよく平坦な場所には一面にススキが茂っている。水音に足元を見ると、石組みの深い用水路を見つけた。どうやらここが集落跡に間違いないようだ。
周辺は杉林で、下生えの熊笹を掻き分けて行くと小さな石の祠がひっそりと立てられていた。
橋のたもとにある広い車止めを今日の夜営場所に決めた。たまにはキャンパーも訪れるのか焚き火の跡もあるし、なにより山側から清水が引かれているのがありがたい。おかげで程よく冷えたビールを楽しめた。
明けて三日目は小雨の中の撤収。横川から大網集落までは林道沿いに約1時間半の道のりだ。日本百名山にも数えられる雨飾山(1963m)を右手に眺めながら歩く(P.16-23)。途中、笹野と言う小集落を経て、大網に着く頃には雲は切れ、晴れ間も見え始めた。
大網の集落は、かつては塩の道交易の要衝として栄えたが、明治時代の大火で往時の街並はほとんど焼失してしまったと言う。それでも寒村のムードは十分に堪能出来る。
大網集落の民家。背後は雨飾山。
旧道は諏訪神社の脇を抜け、集落の南西端から姫川に架かる大網橋までは緩やかな下りが続く。
JR平岩駅到着を一応のゴールとする。糸魚川行きの電車が出るまでの間に駅近くの姫川温泉に行き温泉宿の日帰り入湯。大浴場で汗と埃を落とすと実に爽快だ。
風呂上りにロビーの自販機でビールを買いその場で一気飲み…至福。5分も歩けば駅前の商店で同じものが市価で買えるのだけど、温泉の余韻が消えないうちに…と、旅館価格にも敢えて目をつむったのであった。
「ほぉ〜、…熊には会わなんだかい?今年は熊多いんだよ〜」
地蔵峠から大峠、大網と、テント泊で歩いてきたという私の言葉に、温泉宿のご主人は冷やかすようにそう言って笑った。今年は特に多いのだとも。
熊が出ると聞いてはいたものの、地元の人に改めてそう言われるとやはり冷や汗は禁じえない。この時期のテント泊は、実は胆の冷える試みだったのかもしれない…
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一連の「塩の道トレッキング」に非常に有用な資料として重宝しているのが、ガイドブック『塩の道 千国街道 古道案内 −歩く人のために−』 (白馬小谷研究社 刊)である。
国土地理院発行の2万5千分の1地形図をベースに、糸魚川から松本に至る全ての区間を網羅している。オールカラー印刷のうえ写真・解説も豊富、値段も\1,000とリーズナブルだ。
地元書店でもなかなかお目にかかれないが、塩の道トレッキングの手引きとしてオススメの一冊である。今回の記事もこのガイドブックを片手に読んでいただくと、よりイメージが掴みやすいのでは…と思い、必要に応じて項数を付記してある。
今シーズンの塩の道歩きはこれでおしまいだろう。来年までしばしの休憩だ。