2021年05月09日公開
2019年秋に青森県八戸市をスタート、八戸市、岩手県洋野町を経て今回が3回目の「みちのく潮風トレイル」です。
新型コロナウィルス感染症の流行は相変わらず収束の兆しが見えないどころか、前回、昨年10月中旬に歩いた後くらいから感染が急拡大し、年が明けて1月中旬には全国の感染者数が7万5千人に至りました。
その後ひと月半ほどでおよそ5分の一、1万3千人くらいまで減少したものの、3月下旬以降、再び増加傾向が顕著になり、今回出発の時点で既に第4波の様相を呈しつつありました。
政府も4月はじめから新型コロナ対策特措法に基づく「まん延防止等重点措置」を、大阪・兵庫・宮城3府県に適用、続いて神奈川・埼玉・千葉・愛知の4県にも拡大を検討しているという、やや判断に迷う状況ではありましたが、計画通りにミッション・スタートしました。
今回は雇調金制度の月に2日の休業を木曜金曜で取って週末に引っ付け、更に今日=水曜日をフレックス勤務で15時アガりにして、休みを目一杯拡張した旅程を組んだ。
あいにく仕事が予想に反してバタバタとたて込んでしまって、かなりテンパってしまった。とはいえ八戸行きの最終の新幹線に間に合わせたギリギリの旅程なので、遣りくさし仕事のアレやコレやは全部、上長に押し付けて、15時半には逃げるように退勤。荷物はしっかり用意しておいたので、16時半には家を出ることが出来た。
新幹線の車中で寝てしまうと、夜、宿で寝付けなくなりそうなので、新大阪駅のスタバでコーヒーを買う。店員さんが俺の大きなバックパックを見て「山登りですか?気を付けていってらっしゃい」と言葉をかけてくれたのが嬉しかった。
新幹線の座席の埋まり具合は、のぞみはスーツ姿のビジネス客中心に半分くらい、はやぶさはのぞみに輪をかけたガラガラぶり。
やはり東京駅のホームの駅弁屋は閉まってた。そのつもりでコンビニで買って来たパンとかで夕飯にした。
仙台を過ぎる頃には、さすがについウトウトしてまう。なんにせよこうしてぼんやりと過ごす時間がとても心地よい。なにせこのところずっと、休みの日は休みの日で "TO DO" に追われっぱなしだったし、平日なんかは言わずもがな。でもここまで来てしまえば、とりあえずは誰も何用も追いかけては来るまい。
新大阪17:33発の新幹線のぞみ116号から東京で新幹線はやぶさ45号に乗り継いで、定刻通り八戸23:07着
寒いな八戸!予報では宮古辺りも明日明後日は最低気温1℃とか2℃とかみたいだ。その代わり天気は良さそうだけど。
宿は今回も東横INN八戸駅前。チェックインして、すぐ風呂入ってすぐ寝る。お腹空いたけど、このまま寝ちゃおう。そんな24時過ぎ。
07:00起床。前回同様、宿の朝食サービスをしっかり頂く。
チェックアウトして駅前のローソンで軽く食料調達して駅へ。前回、地元高校生の通学ラッシュに遭遇した反省から今回は一本後の列車にしたので、駅の立ち食い蕎麦屋がそう言えば開いている時間だった(前2回は時間が早くて開いてなかったのだ)。磯のり蕎麦500円也。シンプルで美味かった。
八戸09:29発・久慈行き普通〜有家10:41着。860円也。
車窓からは、桜は種市辺りまでは今がちょうど満開から昨夜の雨風で散り始めくらいといった塩梅に見えた。乗客は平日日中だったためか地元住民と思しき人の乗り降りが意外に頻繁だった印象。また、ちらほらと観光客らしき人たちの姿もあった。
有家駅で下車したのは俺以外に地元の人らしき女性が一人だけ。いそいそと支度すると11時前くらいに歩き始める。
前回、もうひと駅先の陸中中野まで歩いたのだけど、すっかり暗くなっていたし、メインルートを大分外れてしまっていたので、今回はひと駅分重複するけれど有家から歩くことにしたのだ。駅の近くの桜はまだ蕾がほころび始めたところで。ひと月分、季節を巻き戻した気分だ。
国道45号線に出る。前回も立ち寄った「産直しらかば」で、めかぶの味噌漬けを1パック購入。110円也。店内には店番の女性と近所のおばあさん。今日の空模様の話などをしていた。今は予報よりやや薄曇りだ。
中野の集落までは前回同様、国道45号線沿いの歩道を往く。
11:45、中野熊野神社に到着。小休止(トイレ拝借)。
熊野神社の参道入口の大鳥居の、道路を挟んだ真向かいに、前回、見落として通り過ぎてしまったメインルートの入口があった。
集落を抜けると道路の左右は防風林。若干のアップダウンあり。この頃になるとようやく陽射しが出て来た。
しばらく往くとJR八戸線の踏切を渡る。その名も「狐森(きつねもり)踏切」。なんとなく宮沢賢治の世界を彷彿とさせるネーミングだ。
【画像】JR陸中中野駅近く・「狐森踏切」
12:30過ぎ頃、海辺に出たところで道端にバックパックを下ろし大休止。眼前に広がる太平洋を眺めつつ昼食。
その後、JR八戸線の海側を、左手の防風林越しに太平洋の眺望を楽しみながら舗装路を約2キロ南下。
13:20、高家(こうげ)漁港/高家川河口に出る。
ここには公式トレイルマップには記載されていないが、みちのく潮風トレイルのオフィシャル標識「高家川渡渉ポイント」が立てられている。また(同じく記載が無いが)、標識のすぐ近くにハイカー向けに仮設トイレが設けられていた。仮設ながら手入れの行き届いた清潔なトイレだった。洋野町観光協会が管理しているとのことで、これは特記しておく。
なお、これらは公式トレイルマップの不備というよりは、トレイルの整備自体がまだ「現在進行形」と考えるのが妥当だろう。今後、このトレイルがよりメジャーになって整備が進み、設備がより恒久的なものになって行くにつれ、提供される情報も安定していくものと思われる。
【画像】高家漁港
ここから高家川を数百メートルさかのぼると、地元の名瀑「中野白滝」が観られるということなので、バックパックを下ろしてカメラだけ持って行ってみる事にした。
結果から言うと、滝の見える位置には行き着けなかった。おそらく滝まであと少しというところでコースが崩れていて、そこより先には進めなかったのだ。もともとは遊歩道のように整備されていたらしく、足元は一応、おおかたコンクリートで舗装されていたし、難所には手すりと階段も設けられていたけれど、おそらく川の増水か何かで荒れてしまって、現在は復旧工事待ちなのだろう。
白状すると、そもそも入口に「立ち入り禁止」のテープが張られていたからホントは進入すること自体NG行為。ごめんなさい。
ともあれ現状、中野白滝には陸側(中野集落)からしかアプローチ出来ないと言ってしまって良さそうだ。
13:50、高家川渡渉ポイントを出発。
高家川は渡渉ポイントの標識よりかなり河口側に下った地点で渡った。それなりの水量と深さ(膝丈くらいかな?)だったし、まだ明日一日歩くので出来ればブーツを濡らしたくないという打算も手伝って、なるべく飛び石伝いで渡れるポイントを慎重に探した。
ちなみに高家川は洋野町と久慈市の境界である。ここでサヨウナラ洋野町、コンニチハ久慈市。
高家川を渡るとコースはやにわに急斜面になった。バックパックの重さに喘ぎつつ、このところの慢性的運動不足を嘆きつつ登っていく。
一旦、登り切って尾根筋に出ると、あとは積もった枯葉を踏みしめながら気持ちよい里山散策の体。ほどなく前方にプレハブの漁具倉庫が現れ、その傍らに「侍浜桑畑」のトレイル標識を発見。
渡渉からここまでおそらく30分くらいだったと思うけど、この区間は今回、特に印象に残った。春の午後の柔らかい陽射しが地面まで程よく届く斜面のそこかしこに、カタクリの花が今がまさに満開で、こんな林だったらずっと歩いていたいなぁと思ったほど。
【画像】高家漁港近く/カタクリの花
【画像】高家漁港近く/気持ちの良い春の里山
少しの間、集落を右手に見ながら舗装道路を歩いていくと、いきなり防風林が広い範囲に渡って皆伐されているのに出くわした(太陽光発電パネル畑でもする気なんかな)。さきほどの雑木林の余韻に浸っていたのにすっかり興が覚めた。
15時過ぎ、トレイルマップに「田子の木歩道入口」と記載されているのと思しき地点に到着(トレイルマップ上の記載と現地の標識の標記は統一した方が良いと思うのだが…)。ここまで来れば名勝「侍石」を経て今夜の宿泊地「北侍浜野営場」はもうすぐそこ。ただ、大分日が傾いて来ているので、少しだけ休憩してすぐ出発する。
松の防風林の中、コース沿いの至るところにフキが立派な花を開かせていた。地面に積もった枯松葉を踏みしめる柔らかな感触を楽しみながら歩く。
16:10、本日のゴール「北侍浜野営場」に到着。有家から約5時間、距離にして約12〜13キロといったところだろう。
松林の中のそこそこ広い範囲にテントサイトを分散させ、要所々々にコンクリ製のテーブルやトイレ、炊事場等を配した場内レイアウト。海辺の岩場には、これが名物でNHKの朝ドラ「あまちゃん」にも登場したという「岩盤くりぬき海水プール」と、そのそばに管理棟、脱衣場とシャワー棟と、設備も過不足なく整っているようだった。ロケーションも素晴らしいし、夏場なんかはけっこう流行ってるんだろうなーという印象。
テントサイトは1区画あたり4メートル×6メートルくらいの広さのウッドデッキ。テント本体をペグイン出来ないのだが、まぁなんとかなるだろう。ちなみにウッドデッキの無い場所は基本斜面だし下生えもあってテント設営は無理。とはいえこれで「清掃協力費」名目の利用料が大人200円/人/泊とは…実に破格。
さて、チェックインをば…と思ったが、管理棟は閉まってるし、トイレや水道も使えなさそう?試しに炊事場の蛇口をひねってみるが水は出ない。
ちょっと焦ったけど、一旦バックパックを下ろして場内を偵察してみると、一番入口/駐車場寄りの多目的トイレが使えて洗面台の蛇口から水も出る(後日、グーグルで調べたらこの点に言及したコメントを発見した)。
利用料の支払いも、管理棟の郵便受けに「管理人不在時の利用料はこちらへ」という貼り紙がしてあったし、予定通り、今夜はここに逗留して差し支えなかろう。もしここがダメなら、この先歩いて10分ほどのところにある宿泊施設「侍の湯きのこ屋」に飛び込みで泊まるというテもあるにはあったが、なにせこのために今回は重たい野営装備一式(テント、寝袋、調理器具など)を75リットルのバックパックで背負って来たのだから。
日が落ちてきて、海風が冷たくなってきたのでテント設営を急ぐ。テント本体はやはりペグイン出来なかったけど、フライシートを予備の靴紐や細引きも総動員して周辺の地面にペグインして何とか設営完了。
荷解きを済ませてテント内をとりあえず整えると、これも予定通り、「侍の湯きのこ屋」に行ってお風呂にする。日帰り入湯料500円也。貸しバスタオル300円也。
築の古さは否めなかったものの、それなりに清潔だし、設備に過不足無し。サウナもあって水風呂がチョー冷たかったのも良かった。今度は泊まりで来たいなぁ。夕飯どきってこともあって、何処からともなくうまそうな匂いがしてくるんだわまたコレが…というわけで、せめてもの慰めに風呂上りの1杯を冷えた飲み物で…ファンタオレンジで済ませると野営場に戻る。ビールの自販機が見当たらなかったんじゃぁ。
テント内で炭水化物多めの夕飯をこしらえて腹を満たしたところで20時。辺りはもう真っ暗。いつしか風は止んで波音しか聞こえない夜だ。
スマホで天気予報をチェックすると、久慈市の明朝の最低気温は0℃まで下がるとのこと。さてどうなりますことやら。
それでも昨夜よりはよく眠れるだろう。実は昨夜はなかなかひどかった。多分、上階の部屋の客だと思うんだけど、すんごいイビキだったので…
08:00、起床。よく晴れた朝。
4時半頃、一度起きて、ご来光を拝んで写真も撮ると寝袋に戻って二度寝を決め込んだ。
朝7時、防災無線の放送あり。やはり「あまちゃんのテーマ」が流れるのねこの辺では。
【画像】北侍浜野営場にて/ご来光
夜中、25時くらいに一度目が覚めた。沖の方から漁船が漁に出ているのかエンジン音が聴こえた。漁火も見えた。朝方早くには水揚げ作業のそれか近くの漁港から地鳴りのような音が聞こえてきた。それでも風もなく波音を枕によく眠れた。寝袋装備が十分だったのか、予報ほど気温が下がらなかったのか、寒さも感じずに済んだ。
そしてやはりというか、昨夜の利用客は俺一人だったらしい。この好ロケーションを独り占め出来たかと思うと気分良い。
日が高くなるにつれ風が出て来たので、テント内で朝食を済ませる。インスタント・マッシュポテトと昨日、産直で買っためかぶの味噌漬けとツナ缶とマヨネーズを一緒に食べたら超合った。これは特記しておく。
【画像】北侍浜野営場にて/朝食
食後のコーヒーで一服してから荷造り&撤収作業を開始。
海からの風が強くなってきて、テントが煽られてしまって撤収に一苦労。そのせいでペグを一本、失くしたらしい。確かきちんと全部使うと一本余るはずなのに、ちょうどの本数しかない…しばしウッドデッキの周りを探し回るも見付からない…とはいえ今日も長い道中、出発を急ぐあまりペグの捜索はあきらめた。
そもそも7時起床の予定だったのに、寝袋のぬくもりにヌクヌクして二度寝したのがいかんのだ…そして結局、この1時間の遅れは今日の行程に最後まで影響したのであった。
10:30くらいに北侍浜野営場を出発。
「侍の湯きのこ屋」を過ぎ、横沼漁港を眼下に見下ろす金毘羅神社に参拝する。ここから少しの間は舗装道路。「横沼川津内地区漁業集落排水処理施設」の向かい側から再び海を見下ろす林の中に入る。
眺望の良さは今日の区間随一という横沼展望所には11時頃到着。北侍浜野営場をベースキャンプにして軽装で歩けば、北は侍石、南はこの横沼展望所まで、ゆるゆる一日楽しめそうだ。
【画像】横沼展望所からの眺め
天気は良く、風は強いけど眺望は文句なしだった。波の砕ける音、強風に松の揺れる音(「松籟」と言うのかな)。折角なのでスマホで動画も撮ってみた。これまでは近代的な記録ツールやメディアを使うことにあまり積極的でなかったけど、これからはちょっと考え直そう。
歩き始めは荷物の重さと脚のだるさに呻吟したが、この頃には体が慣れて来た。ペースが上がって来たのを自覚する。
展望所から南は引き続き松林の中、海岸段丘の断崖の端近くを歩く。
昨日今日と地形的にはずっとこのパターンだ。眼下の波打ち際からはおそらく15〜20メートルくらいの高さがある。時折、内陸側からの川の流れ込みを通過する際には、その前後でかなりアップダウンがあった。そしてこれも昨日に引き続き松の枯葉を踏みしめながら往く。カタクリは昨日にも増して多く、まるでお花畑を往くが如し。
11:35、白前(しろまえ)漁港を通過。
引き続き松林の中を歩く。横沼展望所からこちら、トレール沿いには要所々々にコンクリート製のベンチが設けられていた。そういった場所はたいてい海の眺めの良いロケーションだったから、時間が許せば荷物を下ろしてゆっくりしても良かったかも。しかし、やはり今日の行程を考えるとあまりゆっくりしては居られない。先を急ぐ。
【画像】本波漁港〜麦生集落間の皆伐の様子(海側にも)
思いのほか近くにあった防災無線のスピーカーから正午を知らせる放送(ここでは「エーデルワイス」かな?)を聞いてすぐ、前方が急に開けて、トレールの右手、山側の林が皆伐されている。
皆伐エリアの縁を歩いていくと、本波(ほんなみ)漁港に続く舗装路に行き当たった。けっこう急な下り坂。100メートルとはいかないまでも、50〜60メートルくらいは一気に標高を失ったようだ。
12:25、本波漁港に到着。漁港入口付近にトレイル標識「白前2.6km/厳島神社2.9km」あり。大休止。ここで昼食にする。
12:50、本波漁港を出発。ちなみにここでのスマホの通信状況は「3G」でPokemonGOはプレイ出来なかった。
今夜は宮古市内に宿をとっていて、久慈16:14発のさんてつに乗りたいのだけど、「このペースだと間に合わないかも…」と思い始めた。ここからあと3キロ弱で厳島神社に着く。そこで久慈まで急ぐか、ひと駅手前の陸中夏井をゴールにするか判断しよう。
本波漁港からは海岸段丘の上に出るまで斜面を一気に登る。等高線5本分くらい。公式トレイルマップの縮尺は2万5千分の一、等高線の間隔は10メートルなので、ざっと50〜60メートルは登ってることになるのか。
段丘の上に出ると、ここでも右手の山の方の林がかなり広範囲に皆伐されている。トレイル自体も林の中の作業道に合流する。試みに太めの切り株の年輪を数えてみたけど30〜40年くらいのようだったから、おそらく過去に一度皆伐した後に植樹して、その後、間伐などの手入れをせずに放置されたのだろう。細い針葉樹が密生していて日光があまり届かず薄暗い林の中を黙々と歩く。歩き始めのカタクリのお花畑とは一転して、甚だ散文的というか、意識が内に内に向いていくようだ。
ずっと止まない風に細い木々が時折ギシギシと鳴る。木々が密生している分、林の中ではほとんど風は感じなかった気がする。
やがて林を抜け、麦生(むぎょう)集落の外れに出る。
ここから集落内は舗装路。平日の昼下がりということもあってか人の気配はほとんど無い。
今日ここまでの地名〜横沼、白前、本波、麦生〜は全て久慈市侍浜町の地籍で、この集落の場合で「侍浜町麦生」となる。厳密にはどうなのか知らないが、昨日渡った高家川、洋野町と久慈市の北の境を北端に、海沿いには高家川河口から麦生まで、内陸側はJR八戸線の陸中夏井駅とひと駅北の侍浜駅を結んで囲んだおおかた菱形をした海岸段丘の一帯が「侍浜町」で、集落ごとに前述のような地名が散在している。
JR八戸線は始発駅の八戸からずっと太平洋を左に見ながら南下して来るのだけど、陸中中野駅の南でやにわに内陸に方向を変えて、侍浜駅を頂点にした「く」の字のかっこうで陸中夏井駅までは全くの山の中となる。
従って海沿いのトレイルとのアクセスが悪く、これまで2回に比べてJR八戸線を万が一の際のエスケープルートとして頼りにくい区間と言える。それゆえか公式トレイルマップでも、陸中中野〜陸中夏井間を「1日コース」として紹介している。
しかしながら、どうしても北侍浜野営場に泊まってみたかったので、そこを敢えて2日かけて歩く行程を組んだというわけだ。
13:50、麦生集落の外れ、厳島神社の大鳥居に到着。江戸時代に広島の安芸の宮島から勧請したという由緒正しい神社だそうだ。
ここから海に向かって張り出した岬の突端に建てられた社殿に向かう。参道の両側は断崖で、北側は麦生漁港、南側には久慈の港が一望出来る。
地形図上では「弁天鼻」という名の岬の上の、猫の額ほどの広さの境内に、意外と立派な社殿が立てられている。御神楽のための舞台が組まれていたが、こんな強風をはらまないための用心か敷板が全部外されていた。
【画像】厳島神社/社殿の彫刻
本殿にお参りする。朝からずっと吹き続けの海風は更に勢いを増していて怖いくらいだった。境内からの眺望の素晴らしさも相まって、すっかり圧倒された。気持ちの昂ぶりという意味では、ここが今回のハイライトだったと言えるかも。俗だけど「パワースポット」ってこんな場所のことなんかな。是非また来てみたいと思った。
14:15、厳島神社を出発。
麦生集落を抜けて自動車道路沿いを黙々と歩く。集落外れの林道でショートカット出来そうだったけど、止しておいた。
14:55、「もぐらんぴあ」に到着。
駐車場のそばの水色の公衆トイレは閉鎖されていた。このトイレ、その壊れ具合から見て、震災の時のままの状態で残されてるようだった。駐車場に隣接した飲食施設の裏のトイレを借りようかと思ったら施錠されていた。
まぁ、用を足すというよりは単に顔を洗いたかったんだけど。午後の陽射しがそれなりに強くて、それに車道を通るとどうしても埃っぽくなった感じがして…手持ちの除菌ワイプで拭って我慢しておく。
さて、あと1時間ちょいで久慈駅に着かなくちゃならないが…見た感じ、最短コースを採っても海沿い〜川沿いでざっと4キロはあるな。ほぼアップダウン無しとしても、今日ここまでのペースだと間に合わなさそうだ。
無理せずに手前の陸中夏井で今回はゴールと最終決定。見たところざっと2キロ弱だし、40分くらいあれば着けるかな?面倒臭いので時刻表は調べてないけど、さんてつの便に程よいタイミングで乗り継げるようにJR八戸線のダイヤも組まれてるだろうから、15:40〜15:50くらいに着ければおそらく乗れる…ハズ。しかしまぁ時間に余裕が有れば休憩かたがた「もぐらんぴあ」にも寄ろうかな、なんて考えていたけど、全然そんな余裕ないな。
国家石油備蓄基地は、ものものしい名前の割には想像してたよりこじんまりした施設だった。隣りの北日本造船の工場の方が敷地も広くて設備もデカいクレーンが2基もあって迫力があった。トレイルマップにも紹介されている「半崎の野田層群」という3千万年前に形成されたという火山灰土の地層の露頭も眺めつつ通過。ここもなかなかの迫力だった。ここなんかもその筋のマニアにはたまらんのだろうな、多分。
【画像】JR陸中夏井駅にて記念撮影
15:45、JR八戸線・陸中夏井駅に到着。
歩行約5時間、距離にして約12〜13キロと昨日とほぼ同じかちょっと長いくらいか。なにはなくともまずは駅の時刻表をチェック。次の久慈行きは…15:58発。よっしゃ、良い読みっ。
この駅は昔の貨車を駅舎に転用していて、本記事の執筆にあたりウィキペディアはじめ、ネットで軽く調べてみたところ、「国鉄ワフ29500形貨車」といって国鉄時代に日本全国のローカル線で使用されたものなのだそう。
この駅が現在の姿になったのは1984年だというから、もう40年近くになる…貨車としての現役でいた期間より駅舎でいる年月の方が長くなってるんでは?…あちこちサビでオンボロ感が出て来ちゃってるから、そろそろ化粧直しは必要かなぁ。でも雰囲気の良い駅。ずっとこの姿で居てくれたら良いなぁと思う。ちなみにこの駅にもトイレは無かった。
荷物を下ろして記念写真撮ったらちょうど列車の来る時間。
陸中夏井15:58発〜久慈16:04着。190円也。
久慈でさんてつに乗り換えて宮古へ。平日の夕方とあって、通学の高校生の乗降多し。駅の自販機で買った冷たい缶コーヒーが美味かった。
今回の宮古のお宿は「ホテル宮古市ステーションヒルズ」素泊まり1泊7,470円也。何年か前にも一度泊まったことあるよな…
チェックインして部屋に入るなり、前回発見した「居酒屋笑びす」を電話予約し、ひと風呂浴びてこざっぱりしてから一人慰労会。前回同様、新コロ対策として入店時の手指消毒、カウンター席は間隔を広く取って隣席との間はアクリル板のパーティションで仕切られてる。加えて、万が一、検査が必要な事態があった時のためにと、名前と連絡先の記入を求められた。この際、このくらいのことは何でもないわ…
地元にお勤めの同僚グループの若い衆が男女五人で飲んでて、テキストに起こすのも憚られるような下品な盛り上がり方してたのは非常に頂けなかったけど…お店のサービスは相変わらず最高で大満足であった。
今回はここまで。ホントは久慈まで歩きたかったけど、やはり朝、グズグズ二度寝した1時間が悔やまれれる…
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明日はさんてつで沿岸を南下し、大槌に寄ってから釜石を経由して盛岡に出て1泊。大槌では街の中を少し歩いてみるつもりだ。
次回は今年の秋予定。陸中夏井をスタートして陸中野田まで歩きたいが、折角なので久慈市周辺も少しゆっくり時間をかけて歩いてみたいところではある…こーゆーのを考えるのがまた楽しい。
よくよく考えてみれば、東北に通って10年、震災のボランティアの時も含めて今回が一番の大荷物且つ一番の大冒険だったかなーと。4泊4日+半日、テント泊もアリで移動距離も歩行距離もそこそこのボリュームになったし。
今回はたまたまテント泊前後の両日が好天だったから良かったものの、どっちか雨とかだったら大変だったことだろう。次回以降も、歩くのは基本的には天気が安定している時だけにしよう。また、悪天候時の「プランB」もきちんと計画するようにしよう。