2000年11月27日公開/2001年4月14日加筆・訂正



玉砂利の浜に打ち寄せた波が、退いていく度に波打ち際の小石を巻き込んで凄まじい音をたてている。碁石をザルで水洗いするような、独特の響き。寄せては返す激しい波の音とあいまって、地球の蠕動を感じさせる迫力ある光景だ。

南に目を転じれば、同じような海岸線が延々と続いている。

天気が良ければ遠くに Southern Alps の山並みを望むことも出来るという話だが、今は残念ながら雲に分厚く覆われている。

水平線に目を向けると、遠くの海の上では雨が降っているようだ。柔らかい陽が射してはいるが、ここでも時折思い出したように小雨がぱらつく。

今日は風も強く肌寒い。ジャケットの襟を立てるとそのままの姿勢でしばし佇む。

前方には Tasman Sea に注ぐ Grey River の河口の堤防が見える。

West Coast 最大の街 Greymouth の中心部から、飛行場(Greymouth Aerodrome)方向に伸びる Preston Road と、それに続く Merick Road を道なりに歩いていくと住宅地が途切れ海岸に出る。

海岸線は住宅地の縁から波打ち際までざっと50mと言ったところで、北端の Grey River の河口までは約3km。小は小指の先くらいの小石、大は拳大かもっと大きな石の玉砂利の海岸だ。流木や古びた漁具などがいたるところに打ち上げられている。

Queenstown の宿で、Auckland 出身の Anthony という若者と同室になった。

彼は Bone Carver で、自分の作品を売って旅費をまかなっているという。

主だった「作品」はあらかた売れてしまったそうで、写真だけを見せてもらったが、土産物店などに売っているものより彫刻が細緻で、素人目にもなかなかのものだった。

以前から興味があったこともあって Bone Carving のノウハウなどを聞くと、持っていた商売道具をいろいろと見せてくれた。

さまざまな材料や道具に混じって綺麗な貴石がいくつかあるのを見て
「NZっていったら Greenstone でしょ。旅行中にどっかで探したいんだよね」
と俺が言うと、彼は
「それなら Greymouth に行くといいよ。特に見どころも無くてつまらん街だけど、浜辺に行ったら Greenstone ゴロゴロしてるし」
と教えてくれた。

Greenstone はミャンマーを原産地とする宝石「翡翠(ひすい)= Jade 」の一種で "New Zealand Jade" とも呼ばれる。ネックレス、イヤリングなどのアクセサリーに加工されたものがNZの土産として非常にポピュラーだ。

しかし真正の Jade が "Jadeite" と分類され、石そのものが宝石としての価値を持つのに対し、Greenstone は "Nephrite" または "Bowenite" に分類され、石そのものには宝石としての価値は無い。加工されたものの芸術性、歴史などによって価値が決まるのである。

陽に照らすと美しく翠色に透けるこの石を、先住民 Maori の人々は "Pounamu" と呼んだ。NZの南島でだけ産出され、特に West Coast は主産地として知られている。

非常に硬く、砕いた断面が形作るエッジが摩耗しにくいため、当初は木工あるいは戦闘用の斧やノミなどの材料として使われた。それがやがて各部族にあって族長の権威を示すものとなり、細緻な彫刻が施されるようになった。Christchurch の Canterbury Museum などに展示されているものを見ればその見事さがわかる…

また小雨がぱらつき始めた。

我に帰って歩き始める。

寄せる波と、強い潮風で吹き上げられる波飛沫を避けながら、足下の玉砂利を見つめつつ歩いていく。畑泥棒かなにかのようにジャケットのポケットに手を突っ込んで。

それらしい翠色をした小石を見つけると、拾い上げてはためつすがめつする。

Anthony の話によると、Greenstone は原石でも店で売っているものとほとんど変わりが無いので見ればすぐ分かるそうだ。

しかし土産物店で見かけるような透明感のある石は全然見あたらない。それでも疑わしいものはもちろん、良いカタチの小石などは一応ポケットに放り込んで歩く。

ザルでも使えばもっと効率よく探すことも出来るかもしれないが、それではちょっとガメツイような趣きに欠けるような気がする。

北端の堤防に着いた。

3kmの海岸を2時間ほどかけてゆっくりと歩いたことになる。

重く垂れ下がったジャケットのポケットの中身を吟味する。

大小の石だらけで、20個以上はジャラジャラしている。

ざっと見た感じ、クズ石だらけのようだ。

海水に濡れている時にはなんとなくキレイに見える石でも、乾いて光沢を失うとただの石だ。一つ々々眺め回しては堤防の上から海に向って投げ捨てる。

それにしても Anthony、「ゴロゴロ」ってのはいくらなんでも言い過ぎだろ…

やがてポケットの中味も残り少なくなった。

「仕方ない。来た道をもう1回戻って探すか…」と思いつつ次の小石を取り出した。

表面は他のクズ石同様に乾いているが、どこか違う。

水滴のようなカタチのその小石を陽にかざしてみると、見事に半透明だ。深く重い感じの翠色で、中に数本の筋が入っているのが見える。

いつどこで拾ったのだろう?憶えてはいないが、コレは Greenstone に違いない。

雲が薄くなり陽射しが強くなってきた。

宿に戻ることにする。道中、
「ガラス瓶の破片が波で削られた"ビーチグラス"かも知れない。まだ喜ぶなよ…」
などと念じたりもするものの、ついつい鼻歌も出ようと言うものだ。

途中、住宅地の中の Daily でアイスクリームを買ったりして、すっかり上機嫌。

宿の近くの "Jade Boulder Gallery" に寄ってスタッフに見てもらうと、「正真正銘 Greenstone よ」のお墨付き。"Fine Piece" とも。御世辞としても嬉しい。

後日、別の海岸でもう一個見つけることができた。

二つ目は500円硬貨くらいの大きさで平べったく、一つ目に比べると色はかなり薄い。陽に透かすとやはり半透明で、蛇の目模様が見える。

あと、クズ石とは言ったものの、長年海に洗われて角が取れてコロコロと可愛らしい奴は、いくつか捨てずに持ち帰った。

そして今、部屋の棚の上には、あちこちで集めてきた有象無象の小物の中に混じって Greenstone が二つ、鎮座している。土産物屋に行けば同じような原石を5ドルとかで買うことが出来るのだけど、これは私だけの大事なたからものだ。

この翠色は、NZの自然の色彩がぎゅっと凝縮されて、幾星霜かけて磨き上げられて出来たものだ。そして私の目には、トランピングを通して親しんだNZのブッシュの色彩、自然の色彩そのものに映る。

手にとって眺めるたびに、あの荒涼とした風景が、厳しい自然が、ひどく懐かしく感じられてくる。

West Coast のあの風景に思いを馳せる事が出来る。

<おしまい>