1999年11月10日公開/2001年6月25日加筆・訂正
<ヒッチハイク概論>
ヒッチハイクはニュージーランドを旅するバックパッカーの間でもポピュラーな移動手段です。日中、街の郊外の国道沿いを行けば、ヒッチハイカーを見かけないということはまずありません。目的地を書いたダンボールを持ったり、路肩に立って親指をたてたり、座り込んで拾ってもらえるのをただ待っていたり、と、めいめいのやり方でヒッチを試みています。
また、ヒッチハイクとは少々違いますが、宿の掲示板に 「○○まで同乗者求む」 「××まで乗せて下さい」なんて張り紙をして、ガソリン代を折半したり、運転を交代したりしながら旅を共にするというスタイルも珍しくありません。
僕も最初のNZ滞在の際には、2〜3月のベストシーズンを費やしてヒッチハイクで南島をぐるっとまわりました。本当は現地で買ったマイカーで旅する予定だったのですが、旅を始めるなり事故って廃車にしてしまったのです(詳しくはNote.16〜19をお読み下さい)。その後の全行程をバスに頼ると言うのは、なんだかちょっと芸が無い感じだし、第一、予算的にも苦しかったので。
時間に余裕がある分だけ旅費はなるべく切り詰めたい。公共交通機関の行き先以外の場所も訪れてみたい、または地元の人や他の旅行者との触れ合いを期待して、といった旅行者にはうってつけのスタイルだと言って良いでしょう。
その反面、トラブルの可能性があるということも常に認識しておく必要があります。
極端な例ではありますが、ヒッチハイカーが殺害される、金品を強奪される、といった事件も過去、実際に起きていますから…
とはいえ、NZで出会う人々は概して善良かつ旅行者に対して友好的であり、ひとたびヒッチハイクに成功すれば、友誼的な雰囲気のもと、ひとときのドライブを共に楽しめることを期待して良いかと思われます。
女性は一人でヒッチハイクするのは避ける、などの常識的な判断を下せさえすれば、たいていの場合において問題は無いものと考えて良いでしょう。
<個人的見解>
僕の場合、基本的にはあまり「定点ヒッチ」はせずに、とにかく道端を次の街に向かって歩きながら、うしろから車の音が聞こえてくると、腕は水平ではなく斜め下に伸ばして親指を立てる、というやり方をしました。
しかし確実性・安全性の面から見ると、あまり上手いやり方ではなかったようです。1時間や2時間、車がまったく通らないことも珍しくはなかったし、路肩にはポッサムやらウサギやらの轢死体がゴロゴロしていてお世辞にも歩きやすいとは言えなかったし、車はえっらいスピードで走ってるし…「牧歌的な風景」という奴の、ガイドブックの写真では伝わらないリアルな姿は、実は結構殺伐としたものでした。
でも、そんな雰囲気が、僕は嫌いではありませんでした。
いや、むしろその荒涼とした感じが当時の自分の心情にひどくマッチして、心地好く感じさえしたのです。
個人的な意見ですが、マイペース人間にはヒッチハイクはオススメできません。
何と言ってもやっぱり気を遣いますから。
せっかく乗せてもらったんだからダンマリをきめこむのも失礼とは思うものの、話をしようにも道路の舗装が荒かったり、ボロくて騒音がすごい車に拾われた時などは車内でもかなりの大声で話さなくてはいけませんでしたから。
後部座席に座ったら前席のカップルの会話が全然聞こえなかった、なんてこともよくありました。
それに何より、道路沿いに僕好みの風景や、廃屋、放置された古トラックなどがあって、「写真撮りてぇっ」などと思っても、乗せてもらっておいて 100km/h 近くで走ってる車を 「ちょっと停めてくれ!!」とはサスガに言えませんでしたから。
やはり自分のペースで、心魅かれる風景を楽しみながら旅をするには、自前の交通手段が必要不可欠と痛感した次第です。
<エピソード>
とは言うものの、ヒッチハイクならではの得難い経験もたくさんありました。
ニュージーランドのロード・コンディションはかなり険しいものです。自分自身、事故って間も無かったので分かっているつもりでした。でも、フォックス氷河村で待つこと1時間半、ようやくフランツ・ジョセフ氷河村まで乗せてくれたフォードのステーションワゴンの兄ちゃんには、それを再認識させられました(そして同時に、地元住民のドラテクを堪能させられました)。
ジェットコースターばりのアップダウン、ワインディングの片側一車線の国道で、対向車線も縦横に駆使し、観光バスをゴボウ抜き、猛然とかっ飛ばすんですから。助手席で、声が出ないほどビビッたのは後にも先にもこの時だけです。
…まぁ、こんなのはそう滅多にあることではなくて、たいていの場合は「どこから来た」とか「どこへ行く」とか「クニではなにをしてた」なんて甚だ散文的なハナシを当たり障りの無い程度にするのが常でした。
それでも時にはハナシが抽象的、個人的な深さまで達することがありました。
プナカイキからネルソンまで一気に乗せてくれたドイツ人の若者。
「大学を休学して旅行している。あと何日かのうちにはクニに帰って、復学しなきゃならない。大学を出ても、まず兵役に就かなきゃならないし、兵役でなければ福祉関係の仕事。国民の義務なんだ。」とか言ってました。
彼の場合、どうやらそこに、こじれつつある彼女との関係なども追い討ちをかけていて、どうにもクニに帰りたくなさそうな感じでした。お互い英語が母語でないので、微妙なニュアンスを伝えようとすると、なかなか伝えきれなくて、もどかしかったのを憶えています。
ヒッチハイカーの間では「ワナカ以降、ウェスト・コースト方面はヒッチが難しい」と言われていたので、かなりの日数がかかると覚悟していたのですが、観光のピークシーズンだったからせいでしょうか、案外スムーズに北上出来てしまいました。
とはいえ、これがオフシーズンだったらかなり難しかっただろうと思います。夏場にもかかわらず、通る車の数が決して多くはありませんでしたから。しかも半分は観光バスですから、拾ってもらえるわけもありません。
実際、ワナカからウェスト・コーストの玄関口、ハーストに向かう道中では、途中 「すぐ近くまでだけど、歩くよりましでしょ」と、ウーフの農場を経営してるおばさんに5分ほど乗せてもらった以外、レイク・ハウェアまで歩きとおしてしまったこともありました。
その翌日も、更に長時間歩きました。何しろ車が全っ然通らないので。
日も傾き始めて、もう足は棒のようだし「テントもあるし、もう今夜は野宿だ」と覚悟した頃、ようやくフランツ・ジョセフ氷河村に戻るというツアー会社の小型バスに拾ってもらうことが出来ました。
レイク・ハウェア・モーターキャンプの近くのガードレールにこんな落書きがあったのを、今も忘れることが出来ません。油性ペンで書きなぐってありました。
"West is the best. Come on West. Hitchers' Hell!"
このように、すぐに乗せてもらえるラッキーな日ばかりとは限りません。
でも、それもそんなに悪くないと思える瞬間もありました。
「見てのとおりもういっぱいなんだゴメンな」
スシ詰めの後部座席を指差しながら、そんなジェスチャーを見せてくれるドライバー。
歩いている俺を追い越しながら、車窓から手を振ってくれる人達。
目が合うと「お互いよくやるな」とばかりにニヤリとするチャリダーさんたち。
もちろん随分歩いた末に、ようやく拾ってくれた人達の好意が、ただひたすらに有り難かったことは言うまでもありません。
*
こんな風に、旅の道すがら、数え切れないほどの人達の好意や親切に触れました。
思うに彼等も、そして僕も、あのシチュエーションでしか味わい得ないある種の感情を共有したのでしょう。
その感情の正体は一体なんなのか?「旅人同士の連帯感」?そう言えば言えなくも無いでしょう。
でも、それよりもっと広くて深くて抽象的ななにものかがあるように今は思えます。
もっとも、正体なんて、一生わからないままでも構いません。
あの気持ちを忘れずにいられさえすれば。
あの気持ちを再び味わうことが出来さえすれば。