2000年2月11日公開/2001年7月25日加筆・訂正
二回目の訪問までには、一回目の帰国から三年ほどブランクがあったわけですが。
「ジャパレスや土産物屋じゃ日本人相手ばっかりですもんね」
とある街のとある店で、ワーホリビザで就労しているという店員さんからこんな台詞を聞いた。
「あぁ、やっぱり今でもそんなん言うんや」
この言葉の意味は、こうだ。
「日本人のお客さんや同僚とばかり話していても英語を話せるようにならない」
前回私がワーホリビザで滞在していた時にもよく聞いた、お馴染みの台詞だ。
実際、いわゆる「ワーホリ」の日本人が就ける仕事は、日本食レストランや土産物屋などの、主に日本人観光客を相手にする職場が圧倒的に多い。
はっきり言って、このテの仕事はワーホリさんたちの間では「格下」に見られている。
「格下」と言っては言葉が悪いけれど、少なくとも「現地の人達との接触の機会が多く、英語を使って上達するような仕事」の方がより好まれているのは確か。
なるほど英語を使う機会が多い職場環境ではないだろう。でもちょっと待て。考えてみりゃそれって当たり前じゃないのか?だって英語を十分に話せないんだから。
自分が雇い主だとして、日本語の不自由な外国人に日本人相手の接客をさせるか?大体そーゆー君も結局「オレ」=「日本人客」の相手をしているのではないか(いや、もちろんこんなこと、口には出さなかったけれども)。
その店員さん自身、そういった自己欺瞞を自覚してはいるようで、それゆえにどこか「心から楽しめていない感」が漂っているのである。
こうしたケースは決して珍しいものではなくて、オレがワーホリしていた当時も現地のワーホリさん達の間には鬱屈感のような、倦怠感のような、とにかく独特の雰囲気が漂っていたものだ。
不十分な英会話能力なりに、十分な日本語会話能力なりに、ジャパレスや土産物屋の日本人相手の仕事の求人が多いのは当然ではないか。能力なりの仕事をして、した仕事なりの給料をもらう。そのこと自体には何の問題もないと思うのだが…。
それに、そもそも接客に十分なくらいの英会話能力を備えた人ならば、ワーホリビザで滞在する必然性は乏しいだろうし。
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ワーホリさん達の間では、意識するとしないとに関わらず「ワーホリに来た以上、英語を話せるようにならなければいけない。現地の人達と交流しなければいけない。とにかく頑張らなければいけない」という考えが支配的だ。
「現地人に混じって英語を話して生活する、英語を話して仕事をする」ってのがワーホリの「理想像」「あるべき姿」のように思われているフシがある。だから「ジャパレスじゃだめ土産物屋じゃだめ」なのだと。
それにガイドブックなんかに決まって載ってる「先輩達の体験談」の類い。
「1年間を有意義に」とか「何か一つモノにする」とか、ま、より具体的に言うと「英語を話せるようになる」とか、なんとか。
彼等と自分とを比べた時に、「あぁ、自分はなんて頑張ってないんだ…」正直なところオレ自身、ワーホリ当時は随分こういった感情にさいなまれた。何もしなかった、何も変わり映えのしなかった1日の終わりには、ひどく焦燥感に駆られたものだった。
それに「ワーホリ」という選択をした人達、特にNZは上限年齢が30歳と高いため、まがりなりにも安定していた仕事を辞めて、あまつさえ家族に反対されたり、といった人も少なからずいる。
安定した生活を捨て、もはや若いとは言えない自分の将来に不安を抱きながらもワーホリを選んだ。こんな選択をした以上、何か残さなきゃ、何か手に入れなきゃ、そう思う気持ちも分かる。
でも、今にして思うのだが、「別に頑張らんでも良いんちゃうん?ワーホリって」
もちろん頑張るべき目標とかテーマとかが最初から明確な人は、とことん頑張れば良い。現地に行ってからそういったものが見つかったという人、これも実に結構なこと。
そうでなくて、ワーホリを日々漠然と過ごしていて、コレというものが見出せない人、これだって別に構わないんじゃないの?
「無い」からって他の人と自分とを見比べて、「何かしなくちゃ。何か頑張らなくちゃ」なんてジタバタして、挙げ句に「無い」ことを嘆いて「つまらない」だなんて、愚の骨頂。
イヤになったらさっさと帰国しちゃえば良いんだし。「何も見つからなかった」「何もしなかった」「英語話せるようにならんかった」でも良いんじゃないの?
なにせ自分の金で(他人の財布で、って人は別ね)、自分で決めた「ホリデー」なんだから。必ずしも「誰の目にも有意義」である必要は無いと思うのだけれど。
もっとお気楽で良いんじゃないかなぁ、今はそんな風に思う。