2004年08月25日公開
ホテルに戻り、荷物預かり所で荷物をピックアップした。ホテルの前で客待ちしている無線タクシーのうちの1台に声をかけて、イルクーツク駅まで送ってもらう。100ルーブル。
駅までは歩いて歩けない距離ではなかったが、キャスター付きのバッグを引いて歩くには舗装が良くなかったり段差が多かったりと苦労しそうなので、あえてタクシーを選んだのだ。
しかし、車窓から見た限り、大通りを選んで歩けばそれほどの障害は無さそうだった。道すがら私好みの被写体–主に建物–も多かったので、やっぱり歩けば良かったかな、と軽く後悔。
駅に着く。先日はトランスファーの運転手に引っ張られるがままに歩いていたので周囲をゆっくり観察する余裕がなかったが、今日は時間もあるのでじっくり眺める。
着いた日と同じように、今日も駅前には周辺地域行きの乗り合いタクシーやバスが鼻先を並べている。
退役軍人の大会でもあったのか、上から下まで古い軍服でキメて、胸にはたくさんの勲章を付けた老人達があちこちで談笑している。そういえばキーロフ公園の「永遠の灯」でも何かセレモニーのようなことが催されていた…。
駅舎全体をカメラに収めると、乗車までの時間を待合室でのんびり過ごすことにする。
待合室や切符売場のホールにはたくさんの旅行者、出迎えと思しき人々。ウラジオストク駅とは比較にならないほどの活気がある。
とりあえず乗車までの間、重たい荷物は預かり所に預けることにした。35ルーブル。
身軽になったついでに、用を足したくなったのでトイレを探したのだが、これが一向に見つからない。駅構内の案内図を見てもそれらしい表示はない。
自動券売機のあるホールで駅員らしい女性に「トイレどこ?」と尋ねた。
すると彼女は腕を大きく振りながら何か言った。「ひだり」という単語が聞き取れたのと彼女のジェスチャーから、「目の前の正面玄関から一旦外に出て左よ」と…言っていると推測した。
このホールは駅舎の一番端なので、出て左には駅舎の続きはない。柵で仕切られたホームへの連絡通路を挟んで、駅舎の別棟っぽい佇まいの建物がある。
さきほど一度見に行って「こりゃちがうな…」と思った建物だが、よくよく見ると老若男女の限りなく頻繁に人が出入りしているし、出てくる人が皆一様にさっぱりした顔をしている…おそるおそる入ってみると、果たしてここがトイレであった。トイレだけでなく、シャワールームもある。もちろん有料で、トイレは5ルーブル、シャワーは35ルーブルだった。
やっと心底落ち着いたので、売店でビールと魚のフライを買って遅めの昼食にした。
お釣りが3ルーブルだったのだが、1ルーブル硬貨がないらしく、2ルーブル硬貨とガム1個を当たり前のように渡された。そう言えばロシア号の車内販売でも同じようなことがあった。
まぁこれがこの国の流儀なんだろう。ガム上等、もらっておくとするか。
待合室の電光掲示板の前のベンチに腰掛けてビールを飲んでいると、程よくリラックスしてきたことを自覚する。眠気がさしてきた。
私が乗るNo.9 バイカル号、表示はされているが、番線表示が出ていないところを見るとまだ入線していないのだろう。表示されるまでこのまま待つことにした。
近くに座っている家族連れや窓の外に見える列車を眺めながらのんびり待つ。
定刻の30分前になってようやく番線表示が出た。4番線だ。さぁ行こう。荷物を引き取って地下通路をくぐってホームに出る。
するとそこには、目の覚めるような空色の列車が停車していた。「バイカル号」だ。
鮮やかな青で塗られた車体の中央部に、列車名のロゴを白く抜いてある。しかも車体はきれいに磨き上げられていて、実に精悍な印象だ。ロシア号のトリコロールとはまた違った格好良さである。
この列車で3泊4日、一路モスクワへ向かうのだ。
チケットはイルクーツクに着いた日にトランスファーの運転手から受け取っていたのだが、今度は13号車となっている。
案の定、またしても最後尾車両であった。これは単なる偶然なのか?それともなんらかの理由が存在するのであろうか…半ばやけ気味。
まだ少し時間もあるので、列車の編成を確認するべく荷物を引き引き歩き始める。
欧米人と思しきバックパッカーが3等寝台車の方に向かって歩いて行くのを見かけた。
3等車の定員は54名。コンパートメントに区切られてはおらず、1等・2等車に比べてプライバシーの面では難ありだが、現地の人たちと交流する機会はより多くとれるだろう。
各車両の乗車口付近には乗客らで人垣が出来ている。避けつつ歩いて行く。
◎列車の編成・No.9 バイカル号(イルクーツク出発時)
・機関車
・貨物車
・1〜5号車…3等寝台
・6号車…2等寝台
・7号車…1等寝台
・8号車…2等寝台
・食堂車
・9〜13号車…2等寝台/左通路
…機関車含め全16両編成。
※バイカル号では各車両の通路の左右を確認するのを忘れていた。
乗車口の脇に立つ車掌さんに、念のため了承を得てから列車の写真を撮った。それから改めてチケットとパスポートを手渡して乗車手続き。
コンパートメントやトイレ、車掌室等の配置や基本的な仕様については、ロシア号と大きな違いは無いように見えたが、車両自体は圧倒的に新しくてキレイだった。
同じく2等車で、座席番号は9番であったので、前から3つ目のコンパートメントの下段の寝台である。
コンパートメントの中を覗いて思わず歓声をあげてしまった。
トレインカラーとでも言うのだろうか、車体色のブルーを基調にしたカーテンに、鮮やかな黄色の飾りカーテン。同じく黄色のテーブルクロスには「バイカル」のロゴが、これもブルーで染め抜かれている。
テーブルの上には案内のチラシに造花ながら花瓶、ミネラルウォーター、ボールに盛られたチョコレートやキャンディー、コーヒー紅茶のパックなどが行儀良く並べられていた。
ミネラルウォーターやチョコは別に無料でもなんでもなくて、発車後すぐに買わないと言ったら車掌さんが回収していったが、ちゃんと目が行き届いているという意味で好感度高し。
ロシア号との大きな違いは、通路側も含めて窓が全てハメ殺しになっている点だ。
給湯器のそばの窓のみ上4分の1ほどが開くようになっていたが、引き下げ式ではなく、車内側に45度程度リクライニングするだけで、とてもカメラのレンズを差し入れることは出来そうになかった。
それと、上段寝台の荷物スペースの横幅が、ロシア号のものよりかなり長い。
…と、とりあえず目に付いた違いといえばこんなところだろうか。
私が見た限り、同じ列車であっても車両ごとに設備の細部は微妙に異なった。
おそらく車両の年式・型式によって異なるのだろう。例えばシェーバー用電源の位置や数などの細部が違っていたし、給湯器も同一製品に統一されてはいなかった。また、ロシア号では通路側の開閉可能な窓の位置が車両によって異なっていたり、ということもあった。
同じ列車の同じクラスの車両でも、どの車両、どんな車掌に当たるかで旅の快適さに違いが出てくる。ある種のギャンブル性があると言えそうだ。
こうして見れば、均質のサービスが受けられて当たり前という日本の特急や新幹線はやはりすごいのだな、と思う。と同時に、逆に面白味は少ないかな?とも思う。
列車が動き始める。現地時間16時20分、イルクーツク(5185km)を定刻に出発。
イルクーツクでは「大きな街なのできっと同乗者がある」と思っていたが、結局誰も乗って来なかった。とりあえず寝台に腰掛けて一息つく。
しばらくすると天井の方から涼しい空気が吹き込んできた…エアコンだ!ここでも思わず歓声をあげてしまった。
ついさっきまで炎天下のホームで炙られていたこともあって、まさに極楽だ。
なるほど、エアコンがあるから窓はハメ殺しなのか(そりゃそーか?)。
とすれば、窓が開閉出来たロシア号にはエアコンが無かったのだろうか。いや、無かったとは考えにくいし、無いからと言ってトイレをシャワー室にすればそれで良いってものでもあるまい。それにあの車掌のことだ、シャワーを使う乗客からいくばくかの料金をせしめるくらいのことはフツーにやりそうだったしな…いかんいかん、思い出したらムカムカしてきた。まったくどっちが「No.1 列車」なんだか分かりゃぁしない。
イルクーツク・ソルト(5177km)でカップルが 一組と、30分ほどで到着した アンガルスク(5145km)で男性がもう1人乗り込んで来て、これにてコンパートメントは満員御礼。
各自しばらくの間は、車掌に配られた寝具(49ルーブル)を使ってベッドメークしたり荷解きをしたり。私も含めて皆、手馴れたものだ。
寝床の用意が一段落すると、めいめいお茶など淹れて自然にティータイムとなった。
カップルはセルゲイとアクサナ。歳の頃は2人とも20代後半くらい。共に鉄道省の職員で、出張でノヴォシヴィルスクに行くのだそうだ。
アンガルスクから乗ってきたディマは警察官で、休暇を利用しての旅行だという。彼とはモスクワまで一緒ということになる。
3人は年齢が近いこともあってか、早速、世間話などで盛り上がり始めた。
私は1人で車窓に張り付いて外の景色を眺める。
イルクーツクを境に車窓からの風景が大きく変わったと感じる。相変わらず平原や牧草地が広がってはいるが、文明の彩りがイルクーツク以東より明らかに濃い。
幸い出発して間も無いので窓がまだキレイだ。今のうちに車窓越しにシャッターを切ってみる。
窓ガラスには薄くスモークが入っているため、実際より暗く見える。果たしてどんな写真になっていることやら。
ジマ(4934km)にて20分の停車。 アクサナをコンパートメントに残して男性陣はホームに下りる。
現地時間は既に20時を回っているが、まだ十分に日が高い。売店で買ったヌルいビールを飲みながら駅周辺の写真を撮る。
駅前広場に展示されている青い機関車の車体に西日が映えて格好良かった。駅の周辺でたむろしている人々の視線を感じながらも、大喜びでシャッターを切った。
駅周辺の建物は官舎なのか、壁面にはモザイクで部署を示すらしいマークがあしらわれている。
ジマを出ると、皆の食料を持ち寄っての夕食となった。
私は黒パン半斤とオームリ、ディマはトマト、キューリ、蒸かしジャガイモ、セルゲイとアクサナは一番豪勢で、彼女手製のローストチキン一羽まるごとぶん。
ローストチキンは小骨まで柔らかくなっていてとても美味しかった。
セルゲイは乗車後、ここまでで既に瓶ビールが3本空いた。
「飲み過ぎでは?」と言うと、
「明日の仕事の時さえちゃんとしてたらオッケー」
と言いながら4本目に手をかけた。
晩餐を片付けると、3人は待ってましたとばかりにトランプ遊びに興じ始めた。車内ラジオのスイッチも入って、修学旅行列車みたいな雰囲気だ。
私はお茶を入れて日記をつける。
日付が変わる頃になって皆ようやく床に就いた。他のコンパートメントは既に消灯していて、我々が一番夜更かしだったようだ。